▽余命宣告
・父が大腸ガンと診断され、余命1ヶ月と宣告されましたが、『乳酸菌生産物質』を飲んで2年も延命
・余命4ヶ月と宣告されて・・・・
▽抗がん剤の副作用緩和
・乳酸菌生産物質で、抗がん剤の副作用ほとんどなし!
・副作用が酷い抗がん剤の投与を拒否し、『乳酸菌生産物質』を飲み続けたら大腸のガンが改善く
・抗がん剤や放射線治療の副作用が緩和
・抗がん剤の副作用で病院で命をおとしていたでしょう
▽アガリクスと乳酸菌生産物質の併用
・アガリクスの効き目が心配でしたが、乳酸菌生産物質との併用で、胃ガンが改善しました!
▽大腸がん
・腸の腫瘍、切除後も食欲旺盛
▽胃がん
・なぜかガン細胞が改善した!
▽乳がん
・乳癌手術後、7年間転移もなく元気です!
▽子宮がん
・子宮筋腫、子宮内服症の手術から逃れて
・子宮ガンの手術をし、子宮を摘出しました・・・・
▽肝臓がん
・乳酸菌生産物質で肝臓ガンが改善した!
・肝臓ガン・転移再発予防
▽膵臓がん
・膵臓ガンで余命宣言を受けましたが、乳酸菌生産物質のお陰で元気になりました!
▽肺がん
・肺がん末期の宣告を受けて(肺がんⅣ期)
▽前立腺がん
・無理矢理にガンを取り出すことなく、こうしてガンが改善しました。
▽脳腫瘍
・脳腫瘍と甲状腺癌の改善
・家族で愛飲しています(脳腫瘍)
▽甲状腺がん
・[甲状腺ガン]主治医から見放されましたが、奇跡的に回復!
▽リンパ節腫瘍
・睾丸腫瘍・リンパ節腫瘍
▽悪性血液リンパ腫
・悪性血液リンパ腫が半年位で回復
▽ポリープ
・大腸にポリープが5個見つかり・・・
・胃にポリープが見つかりました・・・・
▽「病は気から」がガンに克つ最大要素
・全てにおいて「病は気から」がガンに打ち克つ最大の要素に
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▽余命宣告
●父が大腸ガンと診断され、余命1ヶ月と宣告されましたが、『乳酸菌生産物質』を飲んで2年も延命できました。
横浜市 磯村健二さん(仮名)
今から7年前に父が大腸ガンと診断され、余命1ヶ月と宣告されました。先生がいう
にはS状結腸で腸閉塞症状が進行しており、バイパス手術が必要だと診断されたのです。
父は、その時にはすでに90歳を超えていましたし、「もう歳だから手術を受けたくない」
と言うので退院させました。
その後、私の友人のお母さんが『乳酸菌生産物質』で胆道ガンの治療に効果を上げて
いることを知り、すぐに発売元に連絡して『乳酸菌生産物質』を取り寄せたのです。
医者に見放された状態で、どれだけ頑張れるかは分かりませんでしたが、放っておくこと
はできません。息子としてはどれだけ延命できるのか、『乳酸菌生産物質』に全てを託し
たのです。
そして1ヵ月後、床に伏せって起き上がることもできなかった父が、昼は起きられる
ようになり、2ヵ月後には床払いをしてしまったのです。家族が「不思議なこともある
ものだ」と言っているうちに、歩けるようになり、お酒を飲めるまでに回復してしまっ
たのでした。
4ヵ月目からは『乳酸菌生産物質』の量を半分にしましたが、半年を過ぎてもなお元
気なままで、先生の「余命1ヶ月」は、とうに過ぎ去ってしまったのです。その父も他
界しましたが、これはガンで死んだのではなく、老衰だったように思います。
もし、『乳酸菌生産物質』を飲まなかったら、先生の言った通り1ヶ月で他界していた
でしょう。それなのに、父はガンを克服して2年も生き永らえることができたのです。そ
れも病院でチューブにつながれた状態でなく、家に帰って楽しく過ごしている姿をこの
目で見ています。
医者がサジを投げたガン患者をここまで回復させたのですから、『乳酸菌生産物質』
の効果を信じないわけにいきません。
私は保険の代理業を25年以上やっていて、仕事柄さまざまな方とお会いします。その
中には糖尿病や肝臓病、腎臓病、子宮筋腫、肺気腫、花粉症、胆石、アトピー性皮膚炎
などのほか、ガンでは直腸、肝臓、胃、肺、大腸、子宮、乳、膵臓でガンを患っておられる方
もおり、相談されるたびに『乳酸菌生産物質』を紹介させていただいております。
皆さんから、さまざまな症状で効果があったと報告していただいただけでなく、ガン
に罹った方も13名中、10名が今でもご存命です。亡くなった方も『乳酸菌生産物質』が
効かなかったわけではなく、余命半年、あるいは3ヵ月と宣告されていた方が、3年、
5年と延命することができたのです。
その中に自営業をされている方がいて、後継者がいなくて困っていたのですが、ガンと
宣告されたことによって、サラリーマンをしていた息子さんが会社を辞めて、家業を継いで
くれたという話もありました。
もし、これが医師の宣告通りに半年や3ヵ月で他界されていれば、引き継ぐこともできなかった
でしょうが、家族で真剣に話し合う時間が確保できたことによって、スムーズに引き継ぎができ、
幸せだったのではないでしょうか。
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参考資料 『乳酸菌生産物質で末期がんから生還!!』
監修 医学博士 河木成一 著 (ライブ出版)より
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宮城県の方ですが、平成18年の12月に、お父様が大腸がんの手術を受けられ、
「来春の桜を見られることは難しいでしょう」と、お医者さまが家族の皆さんに告知
されたそうです。
家族の方が、どうにかできないかと、いろいろ情報を求めている中で、乳酸菌生産物質
がよいと聞かれ、わらをもすがる思いで、乳酸菌生産物質を、お父様に毎日飲まされました。
そして、
2年後の今でもお元気です!
(ただし、健康食品ですので、個人差があります。)
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▽抗がん剤の副作用緩和
●乳酸菌生産物質で、抗がん剤の副作用ほとんどなし!
東京都大田区 馬場美智子さん(仮名 43歳)
下腹部に鈍い痛みを感じるようになったのは、3年ほど前からでしょうか。私は都内の小学校で教諭をしていて、教壇に立っている時はさほど気にならなかったのですが、体育の授業や軽作業をしている時に、違和感を感じるようになってきたのです。
そして去年の運動会が終わった頃、貧血のような症状が出て、授業中にしゃがみ込んでしまいました。生徒の中には心配のあまり泣き出す子もいて、教室内は騒然となってしまったのです。その時は顔が真っ青になり、立っていることもできませんでした。
騒ぎを聞いて、隣のクラスの担任が駆けつけてくれましたが、その日は事情が事情でしたので、近くの救急病院へと運ばれたのです。その病院の診断では精密検査が必要とのことで、翌日になって区内の総合病院で診察を受けました。
その日、夫には会社を休んで貰い、二人で病院へと向かったのですが、夫は「もし、ガンだったら俺は隠さないからな」と言います。常日頃から、お互いにガンになったら隠さないと約束しあっていましたが、「ガン」という言葉が急に現実株を帯びてきて、膝頭が震えたのを覚えています。
そして、診断の結果は卵巣ガンで、右の卵巣を摘出しなければならないと病院の先生は言いました。ガンの告知は夫と2人で一緒に聞きましたが、頭の中がボーッとして何か遠いところで会話を聞いているような感じしかありませんでした。
先生は「それほど深刻に考えないでください。まだ初期ですし、摘出手術の後に抗ガン剤を投与することになりますが、回復は早いでしょう」と言います。そうはいうものの、何かを隠しているような気がして、その日は先生の言葉を素直に信じることができませんでした。
その日は、入院の手続きをして一度自宅に戻り、再度、夫の単に乗って学校へと向かいました。校長や教頭、学年主任の先生に事情を説明し後を託したのですが、やはり自分の教え子のことが気になってしようがありません。
校長の勧めもあり、ホームルームでクラスの生徒全員に、自分の病気の(ガン)のこと入院して手術をすることヽでも3ヵ月ほどで復帰できることなどをゆっくりと話しました。涙ぐむ子や心配そうに顔をくもらせる子ばかりで、私も胸が締めつけられて自分のことながら、涙を抑えることができませんでした。
それからはバタバタと入院の準備に追われて、アッという間に一週間が過ぎてしまいました。
そして、手術の前日になって夫がお守りと一緒に『乳酸菌生産物質』を病室に届けてくれたのです。夫が言うには「会社の同僚や上司と、いろいろ相談してみたんだが、抗ガン剤を投与するとなると、やはり副作用が恐いらしい。そこでN(夫の同僚です)がこれを紹介してくれたんだ。あいつのお袋さんも乳ガンで抗ガン剤を投与されたらしいんだが、これを飲んでいたので、かなり楽だったそうだ。それに免疫機能を高めればガンにも絶対勝てると言っているから、飲んでくれないか」と。
私もそれなりにガンに対して勉強するようになっていましたので、抗ガン剤の副作用は正直言って恐かったのです。何かないものかと思っていましたので、その場で飲むことを約束しました。
それから手術となり、手術そのものは比較的短時間で終わったと思います。『乳酸菌生産物質』は手術の直前から飲むようになっていましたが、体が軽くなり、便通も良くなっていました。資料などを読むと、腸内細菌の働きが良くなり免疫機能を活性化させるなど、体に良いことがたくさん記載されていました。これならば、ガンにも効くのだろうと安心していたのです。
さて、抗ガン剤の投与は手術からほぼ1ヵ月後の11月6日から始まりました。抗ガン剤投与に際しては医師から、吐き気や食欲不振、脱毛、白血球や血小板の減少低下に加えて、肝機能障害が起こることもあると聞かされていましたので覚悟していたのです。
ところが、そうした副作用は全く感じられませんでした。投与直後、若干食欲は衰えたものの、嘔吐感や脱毛もなく、病院の先生もさかんに不思議かっています。しかし、白血球に対してはダメージがあったらしく、直後は白血球数は2800まで下がってしまいました。
抗ガン剤の副作用を抑えてくれるだけでも儲けものと思っていたのですが、2週間後の検査では白血球数が3900にまで戻っていたのです。それに、1ヵ月後には2回目の抗ガン剤を投与するために事前検査を受けたのですが、その時には白血球数が5500にまで回復していたのです。
腫瘍マーカーも20になり、夫は「抗ガン剤を投与すると悪くなって、その後は『乳酸菌生産物質』の力で体調や白血球歎が回復しているようだね」と言うほどでした。私も抗ガン剤を投与されると、つらいと思うほどの副作用は感じないものの、すぐに体調が悪くなるのは実感していましたので、「これからは『乳酸菌生産物質』だけで、いいんじゃないかしら」と言ったほどです。
しかし、抗ガン剤の投与は予定通りで、投与を受けるとすぐに、白血詠歎が3000にまで下がってしまいました。その時も抗ガン剤の点滴に4時間をかけたのですが、点滴のチューブを見ながら「本当に、これが効いているのかなあ」と思っていたのです。
その後の経過は順調で、2ヵ月で無事退院できました。白血球歎も前回同様、すぐに回復し、次回の抗ガン剤投与は年明けと言われたのですが、夫も「本当に抗ガン剤の投与は必要なんだろうか」と再び言います。私も疑問を感じていましたので、次回は医師と相談することにしました。
さて、年が明けて3回目の抗ガン剤投与となりましたが、医師は頑として投与を続ける必要があると言います。専門家がそこまで言うのならと、結局は投与を受けたのですが、どうにも納得できません。そのため、抗ガン剤の投与は受けるものの、白血球を増やす注射は断り、血小板低下を防止するための輸血も拒否しました。
抗ガン剤というものは回を重ねるに従って、薬を強力なものにしていくようで、3回目の時にはほとんど食欲がなくなりました。しかし、ほかの患者さんと比べると、その差は歴然で、「どうしてあなただけそんなに副作用が出ないの」と聞かれるほどです。
同室の皆さんは激しい嘔吐や脱毛などに悩まされているのに、私だけがケロッとしているのですから不思議に思ったのでしょう。そこで私が『乳酸菌生産物質』のことを話すと、早速注文しなきゃと皆さんが言っていました。
そして、3回目の抗ガン剤を投与してからすぐに検査を受けましたが、白血球を上げる注射や血小板低下のための輸血も断ったにもかかわらず、白血球数は3500までしか下がりませんでした。そのうえ、次の2週間後の検査では4300まで白血球数が回復し、白血球が戻るのは注射ではなく、『乳酸菌生産物質』のお陰だと証明されたのです。
腫傷マーカーもほぼ正常値にまで戻り、先生からは「この調子だと、次回の抗ガン剤投与は必要ないかも知れない」と言われました。私も『乳酸菌生産物質』を飲んでいる時は調子が良いのに、抗ガン剤を投与されるたびに体調が一時的にも悪化するのですから、これ以上続けたくありません。
次回は、投与前の検査時にしっかりと話して何が何でも抗ガン剤を拒否しようと思っています。
手術後、私の病室には両手がいっぱいになるほどの千羽鶴が届けられていました。生徒たちが析ってくれたものです。退院した今では自宅に持ち帰り枕元に飾っています。不器用ながら一生懸命折ってくれたのだと思うと胸がいっぱいになり、何度も何度も手を合わせてから寝ています。
病気がガンとは言え、3学期はほとんど代行の先生に任せてしまい、生徒たちや父兄、同僚の先生方にも大きなご迷惑やご心配をかけてしまいました。また、夫や中学生の長女にも大きな負担をかけてしまったことにも胸が痛みます。
まだ、完全とまではいえませんが、確実に私の体の中でもとの体に戻ろうとする変化が起こっていることが実感できます。それに『乳酸菌生産物質』を飲むことになって、健康の大切さが心より分かりました。
これからもガンが再発しないよう、『乳酸菌生産物質』を飲み続けます。
参考資料 『乳酸菌生産物質で末期がんから生還!!』
監修 医学博士 河木成一 著 (ライブ出版)より
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●副作用が酷い抗ガン剤の投与を拒否し、『乳酸菌生産物質』を飲み続けたら
大腸のガンが改善されていました
愛知県 三木伸江さん(仮名)51歳
去年の6月に卵巣ガンと診断され、全摘出手術を受けました。手術後には抗ガン剤の
投与が始まり、重い副作用に耐えながら、何とか乗り切ったのです。しかし、激しい嘔
吐と脱毛、食欲不振で、入院前と比べると体重は18キロも少なくなっていました。
こうした苦しみを辛抱したのは、再発や転移をさせないためだったのですが、悔しい
ことに手術から半年後、今度は大腸にガンが転移していることが分かったのです。先生
は「腫瘍はまだ小さいので、開腹手術の前に抗ガン剤を投与しておきましょう」と言い
ます。私はガンが転移していたことより、再びあの抗ガン剤治療が始まることに怯えた
のでした。
私はもう体力も気力も限界にきていて、もし今度、抗ガン剤を投与されたらきっと
抗ガン剤に殺されてしまうとの確信を持ったのです。
そんな折、同室の患者さんが何かを飲んでおられます。その患者さんは子宮ガンで
入院されていたのですが、ほかの患者さんと比べると副作用がとても軽そうで、不思議
に思っていました。
私は思い切って、「それは、何を飲んでおられるのですか」と聞くと、「『乳酸菌生産物
質』と言って、抗ガン剤の副作用を抑える健康食品なんですよ。もっとも副作用だけで
なく、腸内の環境も整えるし、抗ガン剤の副作用の緩和もあるみたい。あなたも飲んで
みますか」と教えてくれました。私は抗ガン剤の副作用を抑えるものだったら、本当に
毒物や麻薬でも飲みたいと思っていたほどですから、早速1本を飲ませてもらったのです。
それは口に含んでも喉に引っ掛かるような感じがなく、すんなりと喉を通ります。そ
こで、その患者さんに発売元を聞いて急いで注文しました。『乳酸菌生産物質』が届いて
からは毎日キチンと飲用し、「これで副作用を乗り切るぞ」と心に念じたのです。
そして、再び私の抗ガン剤治療が始まりましたが、前回と比べてとっても副作用が軽
いのには驚きました。吐き気はあるのですが、戻すこともありませんし、毎食キチンと
食べられます。これは『乳酸菌生産物質』の力に違いないと、飲む量を増やしたほどで
す。
それに抗ガン剤を投与すると一時的に白血球の数が滅るのですが、『乳酸菌生産物質』
を飲んでいるためか、2~3日もすると、白血球がまた上昇してくるのです。私は嬉し
くて、『乳酸菌生産物質』を紹介してくれた患者さんに心からお礼を言いました。
そんなある日、主治医の回診があり、私は思い切って『乳酸菌生産物質』を飲んでい
ることを告げました。そうしたら、その先生は「まあ、気休めにはいいでしょうが、ガ
ンには効きませんよ」と冷たく言います。
あの時の怒りをどのように表現すればいいのか、今でも分かりません。間違いなく抗
ガン剤は人間にとって毒だと思います。それを平気で投与しておいて、大腸にガンが転
移してしまったのに、またその毒を再びこの主治医は私に投与しているのです。
私は主治医に「先生、抗ガン剤って本当にガンに効くのですか。本当にガンを治せる
のですか」と強い口調で詰問すると、「今はそれしか方法がない」「それがベストの選択
です」などと、ハッキリ答えくれないのです。私は「ははあ、やっぱり自信がないん
だ」と現代医学の無力さを確信したのでした。
翌日、主人が見舞いにきてくれたので、そのことを話すと、主人も「俺も疑問に思っ
ていたんだよ。俺なりにガンの本を読んで勉強してみたけど、代替療法でガンを改善
したという話もいっぱいあるそうだ。お前がそのつもりなら、転院してみるか」と言って
くれたのです。
主人が言うには現代医学に加えて、漢方と健康食品を使った代替治療をしているところが
あるらしく、そこでは抗ガン剤の投与は極力抑えているという話でした。
私の気持ちはもう決まっていましたので、早速、転院するために、自分の考えを主治
医に話しました。先生は本当に苦虫を噛み潰したような顔になり、「どうなっても知りま
せんよ」と吐き捨てるように言います。私は「自分の意志で、納得できる治療を受ける
ことにします」と宣言したのです。
次の病院はベッドの空きがないため、入院は翌月となってしまいました。今は自宅で
持っている状態なのですが、『乳酸菌生産物質』だけを飲んでいます。しかし、体調は入
院していた頃と比べて全然良く、食欲もあって体重も徐々にではありますが戻ってきた
のです。
それよりも嬉しいのは入院を予定している病院で検査して貰ったところ、大腸のガン
が小さくなっていることが分かったのです! これは『乳酸菌生産物質』のお陰に違い
ありません。その病院の医師に『乳酸菌生産物質』を飲んでいることを告げると、「あれ
はいいみたいですね。お通じも良くなったでしょう」と言ってくださいます。
同じ医師なのに、これだけの違いがあるものかと、転院を選択して本当に良かったと思います。
事実、『乳酸菌生産物質』を飲むようになってからは便通が改善され、お腹の中がスッ
キリした感じになりました。『乳酸菌生産物質』を紹介してくれた患者さんも現在では退
院されたそうですが、きっと抗ガン剤の効果ではなく、『乳酸菌生産物質』のお陰だと思
っています。
これからもキチンと『乳酸菌生産物質』は飲み続けます。
参考資料 『乳酸菌生産物質で末期がんから生還!!』
監修 医学博士 河木成一 著 (ライブ出版)より
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群馬県 M・I (64歳男性)
ある時、食べ物が飲み下せないと感じ、病院で検査を受けました。
すると、即日入院。私はは食道がんに冒されていたのです。
しかもかなり進行していたため、食道の全摘手術に踏み切ることになりました。
まず、手術の前に抗がん剤により部位を縮小する方針に従い、抗がん剤の
投与がはじまりました。
副作用の厳しさは噂にきいていたものの、実際に体験するのは辛いものでした。
私の場合は体中の粘膜がダメージを受け、唇などが赤く腫れ上がり破れ、膿が
出るというものでした。常に吐き気におそわれ、流動食さえ受け付けなくなりました。
さらに頭髪がドンドン抜けたりしましたが、何とか耐えました。
努力の甲斐あって、がんの縮小が認められたため、手術を受けました。医師によれば
「かなり進行したがんだったため、術後も抗がん剤か放射線による加療が必要」とのこと。
果たして、術後の体がそれらに耐えられるのか、大変心配でした。
放射線治療が始まる2週間前から、妻と娘の勧めにより乳酸菌生産物質を飲むように
なりました。流動食さえほとんど受け付けなかった私ですが、水に溶かした乳酸菌生産
物質は、飲みやすく気楽に飲めました。
すると不思議なことに、覚悟をしていたような副作用がほとんど出ませんでした。最初の
うちは放射線の方が私に合っているためかと思っていました。
しかし、新しくきれいな爪と毛髪が、グングン伸びてきたのを見て、これは乳酸菌生産物質
のお陰だと確信しました。
さらに、入院中のある朝、突然高熱におそわれ、肝臓の数値がとても悪くなってしまった
ことがあります。おそらく、点滴の針からバイ菌でも入ってしまったのでしょう。
普通なら副作用の影響で白血球が減少しており、深刻な状態になってもおかしくないとの事
です。
私の場合は、バイ菌に抵抗して白血球が増幅していたというのです。これも、乳酸菌生産
物質のお陰で、副作用が抑えられていたからだと思います。
現在は無事退院し、順調に回復しています。元気になった私の姿を見て、妻や娘も乳酸菌
生産物質を飲み始めました。
私からの経験から言えることは、とにかく乳酸菌生産物質を信じ、毎日きちんと、自分に
合った一定の本数を継続して飲んでいくことが大切だということです。
必ず目に見える結果が得られ、何よりも体が実感することと思います。
<参考資料 『乳酸菌生産物質の奇跡』 平石貴久著>
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東京都 太田鈴子さん(仮名)
土木建築業の主人のもとに嫁いだのは25歳の時で、それからは社員の世話から経理ま
でを担当し、主人とともに奮戦してきました。毎日、働きづめでしたが、高度経済成長
期の波に乗り、会社はどんどん大きくなりました。
ところが60歳を過ぎた頃にバブルが崩壊し、会社の経営が悪化してしまったのです。
資金繰りに追われ、夜も眠れないことがありました。
そして過労と心労が重なって体調を壊してしまい、5年前に大量の下血を起こしてしまった
のです。
T医大に運ばれて検査を受けたところ、大腸ガンと診断されてしまいました。
医師は手術を要すると言いますが、なかなか決心がつきません。主人とともに悩みま
したが、結局手術を受けることにしたのです。
ところが、開腹してみると大腸だけでなく、膀胱、子宮にも転移していることが分かり、
患部をすっかり摘出することになりました。
手術の結果は上々でしたが、その後の転移の心配があるとのことで、抗ガン剤治
療を受けることになったのです。
抗ガン剤についてはいろいろと噂を開いていましたから、投与には不安がありました。
しかし、医師が「転移してしまったら、今度こそ助かりませんよ」と言うものですから
投与を承諾したのです。
やはり恐れていたことが現実になり、吐き気や目まい、大量の脱毛と、生きていられ
るのが不思議なくらいの副作用が襲いかかってきました。目も開けていることができず、
ほとんど寝たきりとなってしまったのです。
そんな状態が1ヶ月も続いた頃、お友達がお見舞いにきてくださり、『乳酸菌生産物質』
のことを聞きました。何よりも抗ガン剤の副作用を抑えることを知り、ワラをもつかむ気持ち
で買ってきてくださるようお願いしたのです。
そしてお友達に教えていただいた通り、抗ガン剤を飲む時に、『乳酸菌生産物質』を
3本一緒に飲みました。飲む量は1日12本と決め、それを続けているとしばらくして
吐き気や目まいがきれいになくなり、髪も産毛のようなものがびっしりと生えて
きたのです。
嬉しくなって何度も手を合わせたほどです。心も落ち着いてきて、少し余裕が持てる
ようになってきました。
ところが、医師は「このような大手術の後は1年が山です。転移が起きるとしたら
1年以内には分かるでしょう」と言うのです。
内臓をほとんど摘出してしまったというのに、どこに転移するというのでしょうか。
何のために手術を受けて抗ガン剤を飲んだのかと思うとショックで、頭の中が
真っ白になってしまいました。
しかし、気落ちしている場合ではありません。とにかく生きねばと毎日、『乳酸菌生産
物質』を飲み続け、手術を受けてから3ヵ月で退院することができたのです。
会社の方は努力の甲斐なく経営が行き詰まったために整理しました。倒産ではなく整理
ということで、社員や取引先にも最小限の迷惑しかかけなかったことが、せめてもの慰めに
なったのです。
その後、転移や再発もなく、無事に5年目を迎えることができました。医師の「1年以内」
という言葉を聞いていましたので、慎重を期していたのですが、何とか乗り切れだわけです。
最近では食事は何を食べても美味しく、快便も続いております。
もし、『乳酸菌生産物質』と出会うことができなかったら、今の私はないでしょう。
多分、抗ガン剤の副作用によって病院で命を落としていたと思います。
『乳酸菌生産物質』に携わっておられる皆々様には、心よりお礼を申し上げます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
参考資料 「乳酸菌生産物質で末期がんを消した!!」
医学博士 河木成一監修(ライブ出版)より
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▽アガリクスと乳酸菌生産物質の併用
●アガリクスの効き目が心配でしたが、乳酸菌生産物質との併用で、胃ガンが改善しました!
東京都葛飾区 金子良純さん(仮名46歳)
2年前に、高校時代からの友人が肺ガンになり、手術をしたというではありませんか。ガンなんて老人がなる病気だと思っていたのに、同じ年代の友人がガンになったと聞いて少なからぬショックを受けました。
しかし、「一病息災」でいつも健康管理には気をつけていることや、会社で年に1回は定期検診を受けていることもあって、もし異常が見つかっても早期に治療すれば、簡単に治せるだろうと高をくくっていたのです。
さて、会社は家電製品のコンピュータ基盤を製造していたのですが、この平成不況の大波を受けて経営危機が危ぶまれていました。社内でもリストラ話は日常的に会話されていて、人員整理どころか、一つのセクションを整理解散してしまおうとの話が飛び交っていたのです。私は勤続年数も長く、役職にも就いていましたから、自分だけは大丈夫と思っていたのですが、去年の夏に突然、解雇通知を受けてしまったのです。
会社なんて冷酷なもので一度解雇通知を出すと、その日から他人扱いです。抵抗することも叶わず、翌月には上乗せされた退職金を手に会社を後にしていました。
その日から職業安定所に通って職探しをしましたが、こんなご時世、中高年に仕事はありません。
いくら条件を落としても40歳を過ぎていると、どこでも敬遠されてしまいます。
子供は2人いて、高校生と中学生です。これからお金がかかる時期なのに、収入が途絶えてしまえば、進学さえも諦めなくてはなりません。いくら退職金を上乗せされてもほとんどは住宅ローンに消えてしまい、わずかな貯えを切り崩して生活費に充てるしか方法はなかったのです。
こうしたストレスも重なって、毎日下痢が続くようになりました。体重もすっかり落ちてヽ半年で5キロも痩せました。そして会社を辞めてから半年が過ぎても就職先は見つからず、わずかな失業保険だけで食いつないでいたのです。
そしてその日も、朝一番に職業安定所に行こうと、朝早く家を出たのですが、駅に向かう途中、お腹が痛くなってきました。駅でトイレを借りれば楽になるだろうと、急ぎ足で車道に飛び出した途端に、自転車にぶつかってしまったのです。打ち所が悪かったのか、右足を骨折してしまい、即入院です。
本当についていないと嘆いてばかりもいられません。医者に「実は足だけでなく、少し前からお腹が痛むんですよ」と言うと、「じゃあ、ついでにバリウムを飲んで貰って胃の検査もしておきましょう」ということになりました。
その結果は思い出すだけでゾッとしますが、胃ガンだというのです。
その後、CTの検査でも胃に腫傷があることは間違いがなく、切除しなければならないと医者は言います。しかし、考えてもみてください。失業中の身で手術代や入院費、薬代が払えるはずはありません。保険だって国民健康保険に切り替わっていますから負担額も大きくなります。
そのことを医者に言うと「命がかかっているんですよ。親兄弟や親戚にお金を借りてでも手術しないと手遅れになります」と言います。私の場合、親だって年金暮らしですし、兄弟だってそれぞれ苦しい家計をやりくりしているのは痛いほど知っています。
試算して貰ったら100万円を軽く超すようなガン治療はとても受けられません。足がまだ治らないまま、その日のうちに精算して貰って家に帰ったのでした。
そして家に帰ってからは家内や子供たちと膝を突き合わせて相談したのですが、家内はただ泣くだけで、長男と次男もうなだれて黙っているばかりです。
私は絶望感と怒り、悔しさで感情が爆発してしまい、つい声を荒げてしまいました。よほどその声が大きかったのでしょう。お隣のご主人が様子を見にきたのです。
そのとりなしで、ようやく私も平静を取り戻しましたが、隣のご主人が「もし良かったら、事情を話してくれませんか」と言ってくださったので、恥も外聞なく、これまでの経過を全て話しました。
するとその人は「そうなると民間療法でガンを治さなきやいけなくなるけど、何か心当たりはありますか」と言います。普段からまさか自分がガンになるなどと思ってもいませんでしたから、ひと言ボソツと「ありません」と答えると、「じゃあ、私が知り合いに当たってみましょう」と言ってくれて、その場は納まったのでした。
翌日からは職探しどころではありません。書店に行ってガン関する本を全て買って猛勉強を始めました。ガン関連の書籍で圧倒的に多かったのがアガリクスで、まずはアガリクスを第一候補にあげました。次にどのアガリクスを選ぶかです。
そして、いろいろと比較検討した結果、『高濃度アガリクス』がいいんじゃないかと思い、発売元に注文しました。
『高濃度アガリクス』が届いてからは毎日キチンと飲用し、様子を見ることにしましたが、下痢や胃の痛みは依然続いており、せっかくの『高濃度アガリクス』が体に吸収されないで排泄されているようで気が休まりません。
そんな日が続いていた頃に、お隣のご主人が『乳酸菌生産物質』を届けてくれたのです。
私が「申し訳ないのですが、もう『高濃度アガリクス』を飲み始めています。せっかくのご好意ですけど・・・」と言うと、「そうですか。アガリクスはやはりいいみたいですね。でも、買ったものを返すのも何ですから、これは差し上げますよ」と言ってくれたのです。
恐縮することしきりでしたが、「まあ、お隣同士ですし、困った時はお互い様ですよ」と言ってお金を受け取ってくれません。そのため、その時はご好意に甘えることにしたのです。
さて、『乳酸菌生産物質』を貰ってはみたものの、食品に食い合わせがあるように、漢方薬でも飲み合わせがあって、人によっては副作用があることを知っていました。
しかし、下痢は依然止まらず、日に日に焦りが募りましたので、大丈夫かどうかを『高濃度アガリクス』の発売元に問い合わせてみたのです。
私としては『高濃度アガリクス』の発売元ですので、当然のことながら『高濃度アガリクス』だけを飲んでくださいと言うと思っていたのですが、逆に「併用すると協力作用が働いて、好結果が期待できますよ」との答えです。拍子抜けしてしまいましたが、安心することができましたので、その日から併用を始めました。
その結果にはびっくりしました。あれほど悩まされていた下痢が翌日にはピタリと止まったのです。1週間もすると顔色が良くなって、体が軽くなっているのがはっきり分かりました。家内も「随分若返ったみたいよ」と言ってくれたほどです。
そのことをお隣に話すと「それは良かった。もし、『乳酸菌生産物質』を続けるのなら、発売元を紹介しますよ」と言ってくれます。その頃は『乳酸菌生産物質』も手放せなくなっていましたので、早速注文したというわけです。
その後は体調が安定したこともあって、再び就職活動に戻りました。しかし、胃にガンを抱えている身ですからヽ体に無理のない仕事を探さなければなりません。そしてようやく、半年後に現在の勤め先であるコンピュータソフト開発会社に辿り着いたのです。
待遇は契約社員で給与も下がります。しかし、再び定職に就くことができる喜びの方が大きく、条件面で不満もありましたが入社を決意しました。
ところが、人事の方から「入社前に簡単なもので結構ですから健康診断書を提出してください」と言われたのです。
心の中で「アッー」と叫びましたが、これを提出しないことには再就職できません。
その頃は体調も以前と比べてかなり安定していましたので、健康診断を受けることにしたのです。それに本当に『高濃度アガリクス』と『乳酸菌生産物質』が効いているのかどうか確かめてみたい気持ちもありました。
完治していないまでも進行が止まっていたら大成功です。逆にガンの状態が悪いのなら、入社を辞退しなければならないと、正直言って不安でした。
以前とは別の病院で血液と尿、レントゲンに加えて、念のために胃のバリウム検査を受けました。その結果、全てが正常で問題なしと診断されたのです。
私が「胃は本当に大丈夫ですか」と念押しして聞くと、医師は「年齢の割にはしっかりしていますよ。ごはんが美昧しいでしょう」とまで言われました。
何と自分が知らない問に、ガンは改善してしまっていたのです。その日は走るようにして家に帰り、家族に検査の結果を話しました。家内は「良かった良かった」と泣き出しますし、子併たちの表情もパツと明るくなったのです。それにお隣にも行って、一部始終を話すと、涙を浮かべて喜んでくださいました。
ともあれ、再就職を果たし、ガンも撃退することができたことは望外の喜びです。でも、自己流の代替療法のため安心は禁物と、来週には専門医に診て貰うつもりです。胃のガンが消えていても、ほかに転移していることもあるわけですから。
とは言うものの、体調は万全で、下痢気昧だった体質もすっかり改善しました。多分、専門医院でも同じ結果が出ると思います。
『高濃度アガリクス』に『乳酸菌生産物質』を併用することで、こんなに元気になるなんて嘘のようですが本当の話です。
参考資料 『乳酸菌生産物質で末期がんから生還!!』
監修 医学博士 河木成一 著 (ライブ出版)より
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▽大腸がん
●腸の腫瘍、切除後も食欲旺盛
井上富雄(福岡県久留米市 59歳)
1998年11月、妻にうながされて何年ぶりの健康診断に渋々出向きました。便も調べると後日異常が見つかり、精密接査に来るよう連絡が来ました。
そのころは便が硬く黒ずんだ色で、盲腸の背後の腰にも痛みがありました。私は20歳の時盲腸の手術をしましたが、術後癒着の状態でした。
精密検査を受ける胃腸科でそれをお話ししたところ、その場所は内視鏡よりバリウム検査の方がよく分かるとのことでした。
先に行った内視鏡検査では異常なしでしたが、バリウム検査で腫瘍を指摘され、再検査で3~4センチの腫瘍が確認されました。
先生は検査の写真とともに渡すよう、久留米大病院医療センターの教授あてに紹介状を書いてくれました。
医療センターで教授の診察を受けたのは、12月28日のことでした。
教授はすぐ写真を見ると、「大腸と小腸を20~30センチ切ることになると思います」と言われ、1月4日に再検査しましたが、やはり腫瘍でした。
13日に入院し、いろいろな検査を経て、20日に手術を、1週間点滴を受けて、2月8日に退院しました。
『乳酸菌生産物質』は、その年の1月ごろから妻といっしょにスティック入り粉末を1日1~2本ずつ飲んで、頭痛や膝から下の冷えが快調でした。
この入院の際は、妻から「1日10本は飲んだほうがいい」と言われ、その通り手術まで1週間続けました。
すると驚いたことに、いろいろな検査があるのに食欲も出て元気で、手術まで1週間の検査も苦になりませんでした。
手術が終わって1週間後、点滴が取れて流動食に。『乳酸菌生産物質』を1日10本飲み始めると、食欲が出て病院の食事では不足で、売店で食べものを買うようになりました。
入院患者の方や看護婦さんからも「病人とは思われませんね」と言われました。
退院後も『乳酸菌生産物質』は1日7本飲んでいます。
水に溶かして頭から顔、それに手術後の傷口にも塗っています。火傷にも振りかけると痛みが止まり、1日3回塗ると回復も早く、痕もきれいです。切り傷、擦り傷にも用いています。
今年の2月、バイクに乗っていて横から普通車に飛ばされ、左肩から地面に落ちて救急車で病院に運ばれたことがありましたが、レントゲン検査の結果、異常なしでした。
今年の8月下旬に骨検査すると、骨密度は60歳の平均の111%、
25~30歳の平均99%の密度でした。『乳酸菌生産物質』のおかげで助かったと思っています。
参考資料「乳酸菌生産物質の奇跡」 平石クリニック院長 平石貴久著
(ドリームワークス出版)
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▽胃がん
● なぜかガン細胞が改善した!
K.N. 島根県
胃がんで、1997年12月1日に胃の三分の二を切除いたしました。
その一ケ月半前、「虫の知らせ」というのか、13年間ぶりに健康診断を受けようと思
い立ちました。結果は「胃の入口と出口の両方にガンがあるので精密検査が必要」との
ことで、即入院。以後、3週間で4回も内視鏡検査をしました。
先生方は「何かを飲んでぃませんか」と不思議そうにたずねます。私は、その年の春
頃から乳酸菌生皮物質を飲んでぃましたが、とぼけていると「ガンは2ヶ所とも今年で
きたものじゃない。しかも上部の方はすでに治っています。下部の方だけ急いで切りま
しょう」とおっしゃる。
私は血圧も血糖もコレステロールも肝機能もきわめて良好。肺活量も2,600cc
あって「50歳前後の体力。その分、転移も早い」というんですね。
上が治ったのなら下も「切らずに治してほしい」というと、先生は「今までお待たせ
したのは、実は8人の医師がみていたんです。5人は「上は治っている」といい、3人
は『全部切除しておいた方がいい』と見解に食い違いがありまして」と言います。
胃は少しでもあるとないとでは大違い。「最終的には『上のがんはもう治っている』と一致し
たので、下の方を急いで切りましょう」と説得され、手術となりました。
経過は順調でしたが、4回の内視鏡で、胃の組織が削り取られたため、胃潰瘍を起こ
しました。放っておけばガンになると、4種類の抗がん剤を飲まされました。
副作用で、口の中に発疹ができ、両足には醜い斑点がどんどん広がります。髪は抜け
て薄くなりました。手と足、20本の指の爪もほとんどなくなりました。
特につらかったのは、手の指の関節の部分がひび割れ、直接水に触れると涙が出るほ
ど痛かったこと。朝起きたら、絆創膏を貼らないと顔さえ洗えません。
体質改善研究会の先生は「抗がん剤で長生きした話はあまり聞きません。それより免
疫力を高めた方がいい」とおっしゃる。理屈はそうでも、乳酸菌生産物質だけで治す決心
はなかなかつきません。藁にもすがる思いで、体質改善研究会に何度も出席し、98年
春、自分なりに理論武装できるようになりました。
以来、抗がん剤はいっさいやめて、毎日、スティック入りの乳酸菌生産物質を9本飲んで
おります。
あと2年の命か、5年の命か、また米寿の祝いができるかはわかりませんが、余生を
『乳酸菌生産物質』に賭けたのです。
参考資料「乳酸菌生産物質の奇跡」 医学博士 平石貴久著より
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▽乳がん
●乳癌手術後、7年間転移もなく元気です!
神奈川県横浜市 鈴木芳子さん(仮名) 40歳
健康だけが取り柄の私でしたが、お風呂にはいってからだを洗っているときに胸にしこりを感じました。
母が乳癌で全乳切除をしたことを思い出し、これは大変だと思ってすぐに病院に検査にいきました。
検査結果は恐れていた乳癌と診断されたのです。
以前、知り合いのYさんからガン予防にと『乳酸菌生産物質』を勧められてはいたのですが、自分の健康を過信していました。でも、こうなった以上、これに頼るしかありません。そこで、病院で入院の手続きをしてから、Yさんに電話をしました。
私が事情を話した後で「ガン予防だけではなくて、抗ガン剤の副作用を緩和するって言ってたわよね」と聞くと、『乳酸菌生産物質』の効果を詳しく説明してくれます。
その時は年末で忙しい時期にもかかわらず、時間を割いて『乳酸菌生産物質』を私の自宅まで持ってきてくれたのでした。
そして、
「手術するまでに『乳酸菌生産物質』を1日に9本飲みなさい。多分、手術をするとなると検査漬けになってしまうから、それだけでも体力を消耗してしまうのよ。『乳酸菌生産物質』を飲めば体力が落ちるのも防げるからね」とアドバイスしてくれたのです。
Yさんは元看護婦で、病気や病院のことに詳しく、私たちのグループでは姉御肌で通っていました。
でも、元看護婦なのに現代医学には懐疑的で、どちらかといえば民間療法の方が詳しいという変わった方です。
年末の慌ただしい時期に私は入院し、それからは検査漬けの毎日となってしまいました。
Yさんからいわれた通り検査は苦痛が伴い、体と心に負担がかかります。でも、『乳酸菌生産物質』を飲んでいたお陰で、検査期間中はさほど疲れたようには感じませんでした。
やがて年が明け、手術の日が近づいてくると、どうしても心の動揺は隠せません。
主人や子供たちもオロオロするばかりで、本当に頼りにならないものだなと思ったものです。
その点、Yさんは忙しいのに時間をやりくりして、ちょくちょく顔を出して何かとアドバイスしてくれます。
Yさんがいなかったら、とても手術を乗り切ることができなかったでしょう。
さて、手術は成功し、それからは抗ガン剤の投与が始まりました。その頃から胃がボーンと張った感じになり、ムカムカして食欲が全くなくなっていたのです。
そこで医師に手術の経過を間いたのですが、「リンパも少し切除しましたが、胃や腸などの消化器官には手をつけていないですよ」と言います。
これだけ気持ち悪くて、食欲がないのだから胃や腸にもメスを入れたのだろうと思ったのですが、実際は抗ガン剤の副作用が起きていたのです。
手術後は何か悪い影響があるのではと、『乳酸菌生産物質』を飲むのを止めていましたが、慌てて再び飲み始めました。それが手術から7日後のことです。
ちょうど、その日にYさんがお見舞いにきてくださって、そのことを話すと「だから言ったじゃない。毎日かかさず飲んでないとつらいことになるよって」と叱られました。
その日から『乳酸菌生産物質』を飲み出すと、3日後にはあれほど気持ち悪かったのがピタリと止まったのです。次の日には病院食も食べられるようになり、空になったお茶碗を見て看護婦さんも喜んでくれていました。
私もこんなことなら、なぜもっと早く乳酸菌生産物質の飲食を再開しなかったのかと後悔したのです。
その後の経過は順調で1ヶ月もしないうちに退院することができました。そして、それ以降も通院で抗ガン剤の投与を受けたほか、『乳酸菌生産物質』も毎日9本飲んだのです。
医者からは「乳癌を摘出しても、3年以内に転移する可能性が高いので注意が必要ですよ」と言われていたのですが、現在で手術から7年が経過しています。
転移ガンにもならず、食欲も旺盛、毎日飛び回っていられるのも『乳酸菌生産物質』のお陰と感謝しています。
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▽子宮がん
●子宮筋腫、子宮内服症の手術から逃れて
伊藤千秋(大阪府守口市 37歳)
一九九五年の秋、大きな子宮筋腫がわかり、卵巣も肥大していると言われました。
もう一人子供が欲しいと思っていた私には、大変なショックでした。
ただ、痛みなどはなく、定期的に検診は受けるものの、薬は飲まず、様子をみる事になりました。
幸い、九七年には、無事に第二子を出産することができました。
しかし、喜びも束の間、私の体調はどんどん悪くなっていきました。筋腫からくる不正出血等もあり、1ヶ月毎に検診に通いました。
どうしようもない体のだるさのため、家事をするにも時間がかかり、子供と公園に行くのもおっくうになっていきました。
とうとう昨年には、卵巣の様子がよくないので、筋腫と一緒に手術で取ってはどうかと言われました。
どうして私だけが? と嘆いてばかりいました。
一縷(いちる)の希望を抱き、別の病院で検査を受けることにしました。
結果、卵巣は大丈夫だが、子宮内膜症があると言われました。筋腫も大きく、いつ手術してもおかしくない状態でした。
ただ、入院、手術となると、1ヶ月程も家をあけなければなりません。幼い子供のことを考えると、なかなか決断はできずにいました。
そんな頃に、乳酸菌生産物質と出会ったのです。
半信半疑で飲み始めたのですが、初めて飲んだ日に、不思議な感覚がありました。
私の体の中で、ざわざわと音をたてて何かが動き始めたような気がしたのです。
2週間程で体が軽くなり、家事が楽になりました。
1ヶ月が経つ頃には、乳酸菌生産物質の素晴らしさを実感しておりました。
その後の検査で、数値が良く出ることも、悪く出ることもあります。
しかし、手術を勧められるほどではなく、このまま経過観察でいいでしょうと言われております。
あのだるかった体、腰の重さもウソのようです。
最近では、乳酸菌生産物質があるなら、手術から逃れられるかも・・・という気がしてきています。
また、主人の左ひざに水がたまり、原因が分らず困った事がありました。とにかく、乳酸菌生産物質を飲ませ、水に溶いて湿布したりしました。
すると、私同様、爽快感を感じたそうです。2ヶ月ほど飲み続けた結果、水を抜かなくてもよくなったのには、私も主人も驚きました。
さらに、主人の飛蚊症(ひぶんしょう)も改善され、大変喜んでぃます。これからも乳酸菌生産物質の助けを得ながら、健康家族を目標に、頑張りたいと思います。
参考資料「乳酸菌生産物質の奇跡」 平石クリニック院長 平石貴久著
(ドリームワークス出版)
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大阪府 B.A.様(女性)
平成11年10月に子宮ガンの手術をし、子宮を摘出しました。その後、平成15年3月頃、
下腹部にシコリが有るような感じがして、
仕事のこともあり、手術を6月初旬にすることになりました。そんな時に、免疫力増強作用が
強い乳酸菌生産物質を紹介され、手術まで2ヶ月だったのですが、1日9本飲み続けてみました。
手術予定日の1週間前に下腹部のシコリが無くなったような気がしました。
手術当日の術前検査における内視鏡検査で、執刀医の先生が、不思議そうに首をかしげながら、
6cmあった卵巣膿腫が、いくら探しても見当たらず、手術が中止になりました。
後日の再検査においても、卵巣膿腫は完全に無くなっていることが、確認されました。
本当に驚きでした。今では、乳酸菌生産物質は私の健康管理のベストパートナーです。
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▽肝臓がん
●乳酸菌生産物質で肝臓ガンが改善した!
秋田吉男さん<仮名>(鳥取県米子市 69歳)
22~3年前、体に疲れを感じ、近所のお医者さんから検査を受けると、肝機能の数値が平常値よりうんと高いとのことで、その後定期的に血液検査をしながら投薬治療を約10年間続けてきました。
1990年に鳥取医大病院で検査すると、「C型慢性肝炎」との診断。勧められたのは「強カミノフアーゲンC」という注射でした。ウイルスと体が喧嘩しないように調節してくれるということで、体調が悪い時は1週間に月・水・金と注射を打ちました。毎月の肝機能の検査、3ヶ月に1回の超音波検査、年1回の胃カメラ検査とCTをずっと行ってきました。
ところが、94年に医大で検査すると、胃の中にポリープが3つ、クラスⅢで、旱めに切るのが無難だと再三言われましたが、手術する気になれません。
翌95年に乳酸菌生産物質に出合い、「体質改善研究合」の健康診断で相談したところ、「もっと量を増やしてみては」と言われ、当初のスティック入り3本を6本に増やし、飲み続けました。
注射も併用し、半年目に検査したら見事にポリープが無くなっていました。これは本物だと確信しました。体の調子は不思議なほど良く、顔色も良くなりました。
ただ肝機能の数値GOT・GPTが下がりませんでした。98年9月15日、肝臓に1センチ位の腫瘍が見つかり即入院。乳酸菌生産物質も飲み、注射も打って三年も頑張ったのに、と一時、乳酸菌生皮物質を疑いもしました。
「ポリープも無くなったし量が足りないんだ」気づいてからは覚悟を決め、20本に増やしました。10月9日の再検査では、腫瘍は残っていたものの超音波検査でもなかなか発見できなかったほどです。
「こうしてどんどん飲み続けていくと自分の身体に合っていく、乳酸菌生産物質は異物を除去する作用がある」と考え、それからはストレスがなくなり楽しくなってきました。
食欲は旺盛で便通は毎日増え、便所に行くのも楽しみになってきました。同室の患者さんも「いつ見ても顔色がいいし、ホントに病気か」と尋ねます。
乳酸菌生産物質の話をしたところ、私が入院中に二人が乳酸菌生産物質を飲みはじめました。
25日の最終検査には、30分位の予定が4回もやり直して2時間近くかかりました。「腫瘍は?」とたずねると「かけらのように小さくなった」とのことで、31日に退院。2月、5月、11月の検査も異常なしでした。
乳酸菌生産物質は、私の日常に欠かせない必需品です。
参考資料「乳酸菌生産物質の奇跡」 平石クリニック院長 平石貴久著
(ドリームワークス出版)
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京都府京都市 設楽政顕さん(仮名) 54歳
私の家は代々和菓子店を営んでおり、私で8代目に当たります。和菓子屋だから甘いもの好きかといえば、そうではなく、どちらかといえば左党の方だと思います。
京都は酒どころでもあり、美味しい料理もたくさんあります。ついつい酒量が増えて、肝臓に負担がかかっているとは知りながら、飲むのを抑えることができなかったのです。
ただ、酒飲みの義務として毎年、病院に行って検査は受けていました。GOTや GPTの数値を見ながら「まだ大丈夫」とか「ちょっと控えようか」と気にはしていたのです。
去年も家の近くのクリニックに行って定例の血液検査を受けたのですが、顔なじみになった先生から「ちょっと気になるなあ。紹介状書くから、大きな病院でMRIの検査を受けてください」と言われました。触診とエコーの感じで、肝臓に違和感があるとのことでした。
その時は深刻に考えずに、翌日、市内の総合病院に行って検査の予約をしたのですが、検査は1週間後となったのです。その時は自覚症状めいたものは一切なく、「何かの間違いやろう」と思っていました。
家内が「入院の用意しときましょうか」と言うのを「縁起でもない」と断るほど、健康状態には自信がありましたし、家内も冗談で入院と言っただけでした。
ところが検査の後、医師から「肝臓に腫傷がありますね。まだ、小さいですから切除すれば良くなりますよ」とあっさり言われてしまったのです。腫瘍と聞いて血の気が引いてしまい、腰も抜けたようになり、息子に電話をして病院まで迎えにきて貰ったほどです。
入院の手続きは息子と家内でしてくれて、私はただじっと待ち合い室で待っているだけでした。その時は本当に腑抜けのようになってしまい、何も考えられなくなっていたのです。
そして、自分のガンの状態が良く分からないまま、肝臓の一部を切除して、手術の1ヶ月後からは抗ガン剤の投与が始まることになりました。
そんな時、お得意様が『乳酸菌生産物質』を持ってお見舞いにきてくれたのです。その人は私なんかと違って京大卒のインテリで、大阪の大学で経済学を教えておられる先生です。親御さんもご贔屓にしてくれて、私とは二代続くご縁でした。
その人が言うには「抗ガン剤は止めた方がええよ。体がボロボロになってしまうから。それよりもこれを飲んでみませんか。僕はその方がええと思うな」としきりに勧めるのです。
そして、抗ガン剤の副作用の恐さや、効果のほどは曖昧であること、代替療法の素晴らしさや可能性について熱く話ってくれました。
話を聞いているうちに抗ガン剤が恐くなり、『乳酸菌生産物質』を飲んでみることにしたのです。
そのお得意さんは帰り際に「大将のとこ、まだ息子さんが跡を継ぐて言うてへんやろ。大将にもしなんかあったら、あの味が途絶えてしまう。それ飲んで元気になって、息子さんに跡を継がせてや。僕のとこのお茶会に大将のお菓子はかかすことでけへんからね」と言ってくれたのです。私は感激のあまり何度も頭を下げました。
それからが大変で、抗ガン剤を拒否して退院すると医師に言ったら、大騒動になりました。しかし、息子や家内も加勢してくれて、何とか退院することができたのです。
そして、それ以降は『乳酸菌生産物質』を毎日ちゃんと飲み続け、欠かしたことはありません。
それに退院してからも病院へは毎月検査に行くようにしていますが、転移や再発もなく、順調な毎日です。
後から病院の先生に聞いた話なのですが、手術した際に腫瘍マーカーを調べたところ、正常値を大きく上回っていたそうです。それが、退院してからの検査では腫瘍マーカーの数値が下がり始め、今ではすっかり正常になっているらしいのです。
これは『乳酸菌生産物質』のお陰に違いありません。安堵するとともに、お得意さんのご好意に感謝しています。
息子も大学を出たら店を継ぐと言ってくれています。皆さんのご好意に報いるためにも親子が力を合わせて頑張っていこうと話し合っています。
『乳酸菌生産物質』に感謝するとともに、健康の大切さを痛感しております。本当にありがとうございました。
参考資料 『乳酸菌生産物質で末期がんから生還!!』
監修 医学博士 河木成一 著 (ライブ出版)より
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▽膵臓がん
●膵臓ガンで余命宣言を受けましたが、乳酸菌生産物質のお陰で元気になりました!
横浜市 赤橋守道さんの奥さん (仮名)
定年を迎えてからは家でボンヤリとするばかりで、外出するといっても病院通いだけという日々が続きました。そして、去年の夏には糖尿病だけでなく、膵臓ガンになっていると診断されたのです。
担当した先生の指示ですぐに入院となり、それからは空気が抜けた風船のようになってしまいました。
「定年後は夫婦で海外旅行に行こうって約束してたじゃない」と私が言っても生返事をするばかりで、目の焦点も定まっていません。すっかり生きる気力をなくしているように見えました。
事実、病院の主治医の先生も「できることといえば、抗ガン剤を投与することぐらいで余命は半年程度でしょう」と言います。その話を聞いた時は、私も目の前加真っ暗になって立っていることができませんでした。
主人が入院してからすぐに長男と次男、それに長女を家に呼んで話し合ったのですが、話が財産分与のことばかりで罵り合いになり、収拾がつかなくなってしまったのです。最後には息子同士が怒鳴り合うようになり、その日は何の知恵も出ないまま、お開きとなりました。
それ以降も主人が亡くなった後の話ばかりで、もう私も主人のことは諦めなければならないのかと覚悟をしたのです。
そして、主人が入院して半月ほどたった頃に、関西に住む義妹が病室を見舞ってくれました。主人はこの義妹とは以前から仲が良く、私のいうことを聞かなくても、義妹のいうことは聞いていました。
義妹が言うには「抗ガン剤なんか使ったら殺されてしまうよ。悪いことは言わないから、これを飲んでみなさいよ」と、取り出しだのが『乳酸菌生産物質』でした。
普段から健康食品だけでなく、ドリンク剤までもバカにしていた主人のことですから、当然のことながら嫌がると思ったのですが、素直に首を縦に振ったのです。
私は本当に呆れてしまいました。病室を出て義妹が「昔から頑固なところはあるけど、本当は気が小さいのよ。今度のことで相当まいっているみたいね。でも安心してよ。『乳酸菌生産物質』は抗ガン剤の副作用を緩和するだけでなく、ガンを改善する力もあるというから、しばらく様子を見てよ」と言います。ほかに知恵もなく義妹の言葉通り、『乳酸菌生
産物質』を飲ませることにしました。
そして、驚くことに変化はすぐに現れたのです。飲み始めてから半月もすると、むくんでいた両足がスッキリとしてきて、お通じも快調だと元気に言います。顔色も良くなって頬にも赤みが差してきました。
義妹にそのことを電話すると大変喜んでくれて、追加として6箱ほどを送ってくれることを約束してくれたのです。
主治医の先生に『乳酸菌生産物質』のことを話すと、「まあ、飲んでも害はありませんが、抗ガン剤もキチンと服用してくださいね」と念を押されました。
病院では点滴の抗ガン剤と経口の抗ガン剤を併用しているのですが、やはり点滴を受けると副作用が強いらしく、何日かは吐き気や頭痛を訴えます。
でも、ほかの患者さんと比べて副作用は軽いようで、そのことだけでも安心です。それに飲用を始めてから2ヵ月ほどした頃に検査があり、腫瘍マーカーが下がっていることが分かったのです。
主人は「これは抗ガン剤の効果じゃない。絶対、『乳酸菌生産物質』の効果だ」と言っています。現在、ガンと宣告されて5ヵ月が過ぎようとしていますが、主人は入院前よりも元気に見えます。
病院の中もさかんに散歩しているようで、今では誰が見ても末期のガン患者とは思えないでしょう。余命半年と言われたのが嘘のようで、ますます元気を回復していく様子を見て安堵しています。
主治医からはこの調子だと、来月には退院できるかも知れないと言われました。もちろん、ガンは完全には改善していないでしょうが、当面の危険はなくなったようです。
『乳酸菌生産物質』を紹介してくれた義妹に本当に感謝しております。
参考資料 『乳酸菌生産物質で末期がんから生還!!』
監修 医学博士 河木成一 著 (ライブ出版)より
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▽肺がん
●肺がん末期の宣告を受けて(肺がんⅣ期)
安達 吉(島根県ハ束郡 65歳
私は若い時から喘息を患っていたのですが、年とともに血糖値もヒがり、心不全、心筋症、胆石など体のあちこちが悪くなってきました。
体調も思わしくなく、顔色も冴えない日々が続き、70~80キロあった体重が45キロにまで激減してしまいました。検査を受けると、肺がんの末期(第四期)と診断され、入院しました。
一九九六年八月に入院したものの、体力がないためなかなか手術ができず、しかし手術をしなければ今年一杯はもたないと宣告されました。
そんな状態の時に、家内の友人の勧めで乳酸菌生産物質を飲み始めました。スティック5本から始め、14~15本へと増やしていきました。
すると、体力や食欲がでてきて、九月末に手術することができました。
入院中は15本を飲み続けました。ところが、病院から出される薬も合わせて飲んでぃたためか、体中に湿疹が出て、ひどいかゆみが始まったのです。
すると、家内は水に溶かした乳酸菌生産物質を全身に塗りながら、さすってくれました。
塗った時はかゆみがすーっと治まるのですが、数時間後にはまたぶり返してきます。その度に家内が乳酸菌生産物質を塗る。この繰り返しが二週間も続きました。
ある日、病院の先生にこれを見られてしまったのですが、正直に話をすると、先生は黙認ということにしてくれました。おかげで、十一月には無事退院できました。
しかし、病院から出される薬の量はすごいものでした。乳酸菌生産物質も一日に20本くらい飲んでぃたので、体質改善研究会の先生に相談しますと、薬を減らした方がいいとアドバイス下さったので、徐々に減らしていきました。
もちろん乳酸菌生産物質は継続しています。現在は合計で7本を飲んでぃます。
その成果があり、長年の持病であった喘息の発作がおきなくなりました。食欲も旺盛で、体重も60キロ位に増えました。
定期的に検査を受けていますが、心臓の薬も必要がなくなり、肺がんの再発もないまま、四年が過ぎました。今は趣味の庭木いじりをしたり、ドライブをしたり、あちこち飛び回るほど元気に過ごしています。
こんなに素晴らしい乳酸菌生産物質を教えて下さった家内の友人、高倉さんに心から感謝しています。
参考資料 『乳酸菌生産物質の奇跡』
平石クリニック院長 平石貴久著 (ドリームワーク出版)
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▽前立腺がん
●無理矢理にガンを取り出すことなく、こうしてガンが改善しました。
浜松市 水野様 (男性67歳)
定年で退職した後に、嘱託として5年間勤務し、一昨年の春に長かったサラリーマン生活に終わりを告げることができました。埼玉の自宅から東京・新橋の会社まで毎日、通勤電車に揺られて数10年。辛いことも少なくありませんでしたが、充実した日々であったように思います。
そして、これからの第2の人生は念願の田舎暮らしと心に決めていました。浜松の浜名湖の近くに小さな家を建てて、晴耕雨読の生活をするのが長年の夢で、土地は退職金ですでに購入済みだったのです。
退職から半年、無事に家も建ち、引っ越しも終えました。さあ人生はこれからだと意気込んでいた時に下腹部に激痛が走りました。押さえてみると何かしこりがあるようで、嫌な予感が頭をかすめます。家内も心配して病院に行くことをしきりに勧めます。ついには立っていることもできなくなり、市内の病院に足を運びました。
診断の結果、何と前立腺ガンで、切除しなければ命が危ないと若い医者に言われました。ガンやガン治療についてはサラリーマン時代にはよく耳にしたものです。先輩や上司、同僚や取引先などで、手術や抗ガン剤治療を受けた人は残念ながら、皆この世を去っています。
そのため、医者からガンと宣告された時には「とんでもないことになってしまった」と心の中で叫んでいたのです。
その日は入院手続きをして帰りましたが、何かほかに方法があるはずだと思案を続けました。家内にも包み隠さず相談したところ、「だから日頃から気をつけるように言ってたでしょう。私の言う通りこれを飲んでいれば良かったのに」と強い口調で言われてしまいました。
それが『乳酸菌生産物質』で、家内は2、3年前から友達の勧めで飲用していたものでした。「それは便秘の薬じゃないのか」と私が言うと、『乳酸菌生産物質』についてくどくどと説明してくれました。
でも、いくら免疫機能を高めるといっても前立腺は消化器官ではありません。「胃や腸に効くのなら話が分かるが、前立腺には効かないだろう」と私が言っても譲りません。
ついには「2入で暮らせるから、こんなところに越してきたんでしょう。あなたが病院に入院して私か独りでここでいるのは耐えられませんからね。そうなったら隆男(長男の名前です)のところに転がり込むから」とまで言うのです。
私も現代医学のガン治療には疑問を待っていましたし、折角、田舎暮らしが実現したのに、病院に入院するのでは意味がないと悟って、翌日は病院に電話をして入院をキャンセルしました。
ただ、一方的にキャンセルすれば後々、病院と揉めるかも知れないと思い、東京の知り合いの病院に入院すると嘘をついたのです。
それからは毎日『乳酸菌生産物質』を朝起きて、昼食前、夕食前、就寝前と、4回必ず飲み続けました。下腹部の痛みも時折、襲ってはくるのですが、救急車を呼ぶほどではなく、痛みは我慢して『乳酸菌生産物質』の効果を信じるようにしたのです。
そして飲み始めてからI週間もすると、体が軽くなっているのが実感できます。便通も快調で、何か体中の毒素が全部外に出されていくような気分です。下腹部の痛みも序々にではありますが、間隔が開いてきて、飲み始めて半年も経つ頃には自分かガンと宣告されたことを忘れるほどだったのです。
家内も安心したようで、「だから言ったでしょう。『乳酸菌生産物質』は絶対効くんだから」と鼻高々です。
ところが、庭の本を剪定していた時にちょっとした不注意で、はしごから足を踏み外してしまい、右足を骨折してしまいました。近くの病院といえば、あの病院しかありませんでしたので、タクシーを飛ばして病院に行ったのですが、偶然にあの若い医者と鉢合わせしてしまったのです。
医者はしっかりと私の顔を覚えていて、「その後、いかがですか。手術は無事に終わりましたか」と声をかけられました。私も隠しきれずに本当のことを言うと、「そんな無茶な。骨折で入院している間に再検査しますから、今度こそ逃げないでくださいね」と強く言われたのです。
何せ動けないものですから、どうしようもありません。しかし、心の中で「これだけ調子が良いのだから、『乳酸菌生産物質』がガンを改善してくれているのかも知れない」との期待もありました。
そして、検査の結果はしてやったりで、ガンは消えてはいないものの、かなり小さくなっていて、影は米粒ぐらいしか映っていなかったのです。医者は信じられない様子で、腕組みをしたまま、しばらく唸っていました。
念のために腫傷マーカーも調べて貰いましたが、数値は正常植を示しており、少なくともガンの進行は完全に止まっていることを証明していました。
嬉しくなって家内に電話をすると、やはり『乳酸菌生産物質』を信頼していても心のどこかで心配していたのでしょう。泣き声で「よかった、よかった」と言ってくれました。
その後、その医者とは定期的に検査を受けることを約束させられましたが、私も願ったり叶ったりです。
ともあれ、このようにガンが小さくなって元気なのですから、ひと安心です。
最近、テレビでもガンの番組があって、ガンを取り除くことよりも仲良く共存することが長生きの秘訣だとのことをいっていました。私の場合も無理矢理にガンを取り出すことなく、こうしてガンが小さくなっているわけですから。
私だけでなく、病院へ行けば医者はすぐに切りたがるようですが、医者のいうことを鵜飲みにしないで、しっかりと自分がどのような治療を受けたいのかを主張すべきだと思います。
参考資料 『乳酸菌生産物質で末期がんから生還!!』
監修 医学博士 河木成一 著 (ライブ出版)より
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▽脳腫瘍
●脳腫瘍と甲状腺癌の改善
大阪府 木村美智子 (仮名 53歳)
私は、10年前に脳腫瘍の手術を受けました。腫瘍が出来だのが脳幹の所だったので、十時間に及ぶ手術を二回にわたって受けるという、まさに大手術でした。
幸いにも悪性ではなかったので、無事に手術を乗り越えることができました。
病院の先生からは、術後は後遺症もなく、普通の生活に戻れると聞いており、私自身もそう信じておりました。
ところが、現実は違ってました。道を普通に歩くのにもゆっくり気をつけて。階段の昇り降りも、手すりがないと、とても不安でした。でも、負けず嫌いな私は、傍目には何ともないようにふるまっていました。
去年、私は二つ目の大病にかかり、甲状腺がんの手術を受けました。
この手術の頃、乳酸菌生産物質と出会いました。知人の紹介で乳酸菌生産物質研究会に参加。
先生のお話を聞き、今までの健康食品とは違うと直感。飲み始める事にしました。
乳酸菌生産物質を1日にスティック6本~8本飲むようになって、1ヶ月が経った頃、私は体の変化に気付きました。
あれほど長く感じた駅まで歩く時間が短くなっている! 駅の階段を手すりなしでトントンと降りられる! 降りきってから、手すりなしで降りられたんだと、自分で自分の行動にびっくりしてしまいました。
「今までの10年間は何だったの?」と、思わず叫んでしまいました。それほどに、私にとっては画期的な出来事だったのです。
常に体の中心がフワフワとしていたのが薄らぐことにより、、気持ちも積極的になってきました。
10年間、ほとんど運動をしてこなかった私ですが、現在はスポーツジムに通い、気持ち良く汗をかく喜びを日々実感しています。
さらに、乳酸菌生産物質と運動の相乗効果なのか、体調も益々良くなり、身体も軽くなりました。歩くのさえおっくうだった私が、今ではマラソンにも挑戦してみようという夢を抱き始めております。
こんなも人生を変える力をくれた乳酸菌生産物質との出合い。きっかけを与えてくれた知人、乳酸菌生産物質研究会の皆様、先生達にお礼を述べたいと思います。ありがとうございました。
参考資料「乳酸菌生産物質の奇跡」 平石クリニック院長 平石貴久著
(ドリームワークス出版)
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●家族で愛飲しています(脳腫瘍)
N.U. (48才女性) 長野県
昨年の八月、私は虫に刺され、丹毒との診断を受けました。
退院はしたものの、経過は良くなく、気分も塞ぎがちな日々を送っておりました。
そんな時、叔母が送ってくれたのが乳酸菌生産物質です。「飲むのはもちろん、痒い所
や痛い所につけてよし。一度騙されたと思って試してごらん」との言葉に、最初は半信
半疑でした。それというのも、今までにも数々の健康食品を試してきましたが、ほとん
ど良い結果は得られなかったためです。
ただ、私には自分の事以上に気掛かりな事がありました。それは、主人の脳腫瘍です。
1979年に体調を崩し、86年になって、やっと脳腫瘍と診断されました。早速手術
をしたのですが、腫瘍の出来ている箇所が悪く、奥深かったため、取り切れずに終わり
ました。
しかも、視神経が腫瘍に押されていたために、左目の視力はありません。病院の先生
には、また再発すると言われています。
主人のこともあり、昨年の十月頃から乳酸菌生産物質を食事に混ぜるなどして取り始めまし
た。十一月に、乳酸菌生産物質研究会の講演を聞き、主人ともども、本格的に飲み始める
ことを決めました。
今年のお正月には、主人の筋肉低下で下がっていた左目が、右目と同じ位置に上がり、
腫瘍による圧迫のため飛び出ていた目が引っ込んでいるのが確認できました。
本人はもちろん、家族みんなで喜び、しみじみと顔を見合わせたものです。
四月からは、脳腫瘍の薬は主人が自分でコントロールして、極力飲まないようにして
います。以前から苦しんでぃた肩こりや、心臓の痛みも軽くなり、咳もだいぶ少なくな
ったようです。
本当にいいものに出会うことができ、主人も私も感謝しております。
もし家族が病気で苦しんでいる方がいたら、お互いに協力し、一日でも長く、元気で、
一緒に暮らせるように頑張っていきましょう。病気の時こそ、家族の支えが大切なので
すから。
我が家では、家族中で乳酸菌生産物質を愛飲しております。生きている限りずーと
長いおつきあいでぃきたいと思っております。
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▽甲状腺がん
●[甲状腺ガン]主治医から見放されましたが、奇跡的に回復!
福岡県北九州市 吉永健次郎(79歳)の娘さん談
去年の夏辺りから義父が喉に痰がからみ、声が出にくくなったと、こぼすようになりました。義父は大変なヘビースモーカーで、―日にタバコを3箱も吸います。
私が「義父さん、少しタバコの本数を減らしてみたらどうですか。少しは違うと思いますよ」と言っても聞きません。相変わらず、いつもタバコをふかしていたのです。
ところが、しばらくすると家の中でタバコを吸う姿を見かけなくなってしまいました。
私が聞くと、「健康のために止めることにした」と言うのです。それはそれで良かったと喜んでいたのですが、痰と声の変化は戻りません。喉のリンパも腫れてきたようですので、主人からも病院に行って検査を受けるよう、しつこく何度も言って貰ったのです。
病院へは渋々という感じでしたが、主人が会社を休んで付き添いました。そして後日、検査の結果は末期の甲状腺ガンで、余命は半年と聞かされたというのです。
病院の方針で本人には告知しないとのことで、夫婦で顔を見合わせて途方に暮れてしまいました。
ガンはあちこちに転移していて、手術は不可能だともいいます。抗ガン剤の投与は体力的に心配とのことで、実質的に医師から見放されたようなものです。
病院ではホスピスを紹介することもできますが、できれば自宅で安らかに死を迎えられてはと、アドバイスされたそうです。
義父は病院から帰ってきてから日に日に衰弱が進み、手足も細くなって枯れ木のようになっていきました。
いくら私たちが黙っていても、本人の悟るところがあるのでしょう。
義父は次第に無口になっていったのです。病院から処方された薬は痛み止めだけで、それすらも効かないことがあり、喉だけでなく、体の節々の痛みを訴えます。
このまま放っておくこともできず、知人や友人に「民間療法で何か良いものはありませんか」と相談したのです。
するとその中に『乳酸菌生産物質』を飲んでおられる方がいて、抗ガン剤の副作用緩和も期待できるといいます。すぐに資料を取り寄せ、『乳酸菌生産物質』を注文することにしたのです。
そして、飲み始めてわずか1週間で変化が現れました。
ゼーゼーと苦しそうだった息遣いが耳に障らなくなりヽ食欲も出てきたのです。『乳酸菌生産物質』を飲むまではお粥ばかりでしたのに、「久しぶりにウナギが食べたい」と言ってくれました。
ウナギなんて重いものをと思いましたが、主人が「食べたいものは何でも食べさせてやってくれ」と言うものですから出前を取ったのですが、ペロリと全部を平らげてしまったのです。
それからは毎日が驚きの連続で、起き上がれるようになったほか、1ヵ月後には床払いまでしてしまいました。
そして、病院での再検査では腫瘍が小さくなっていることが分かったのです。
腫瘍マーカーは依然、正常植にまでは下がっていませんが、以前と比べると数値が少し小さくなっていると主人からも聞かされました。
まだ、ガンであることを本人には知らせていませんが、最近では調子が良くなったと周囲に言っています。
このまま『乳酸菌生産物質』を続けていたら、ひょっとしてガンは改善しないまでも、小さくなって命は保てるのではないかと主人と話し合っています。
先日、主人が付き添って義父と病院に行った際に、主治医の先生が「腫瘍が小さくなってきたので、もう少しで手術できるかも知れませんよ」と主人に言ったそうですが、高齢でもあるし、手術の後遺症を考えるとかえって寿命を縮めてしまうかも知れないと、申し出を拒否しました。
このままの状態でどれだけ命が続くのかは分かりませんが、一時のことを考えると見違えるように元気になってきたのは確かです。
食欲も旺盛で、このまましばらく様子を見ようと主人と話し合っているところです。
ともかく、一番の危機は脱出できたように思います。
参考資料 『乳酸菌生産物質で末期がんから生還!!』
監修 医学博士 河木成一 著 (ライブ出版)より
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▽リンパ節腫瘍
●睾丸腫瘍・リンパ節腫瘍
佐藤義明さん(仮名) 埼玉県和光市 44歳
7年前の夏に長男とふざけていて、2度ほど股間に蹴りが入って痛い思いをしたのです。ところが、いつまで経っても鈍い痛みと腫れが引かず、年を越しても違和感が強まってきました。
そして、春先になって風邪をひき、薬局で売薬を買って飲んだものの、一向に良くなりません。
そこで、伯母が看護学校の教師をしていましたので、どういうものかと電話で尋ねてみたのです。
すると伯母は明日にでも泌尿器科に行って詳しい検査を受けろと言うのです。
わけが分からないまま、病院に行ったところ、医師から「すぐ入院できますか」と聞かれました。
医師はその時、私が睾丸腫瘍になっていることを告げ、すぐ手術しなければならないというのです。
さらに、ガンは転移していてヘソの右側にある後腹膜リンパ節に5センチ大の腫揚があることもエコーの検査で分かりました。
そのまま入院し、3日後には右側の睾丸を摘出する手術を受けたのです。腫瘍については大きかっとため、抗ガン剤を投与して小さくしてから摘出することになりました。
まず、1回目の投与は5日間にわたって朝から夕方まで点滴を受けたのですが、抗ガン剤の副作用はすさまじく、吐き気と頭痛で何も食べられなくなったのです。
缶コーヒーなども1回では飲み切れなくて、1日かけてやっと1本飲めるといった状態でした。
それから3週間後に2回目の抗ガン剤の投与が予定されていたのですが、副作用のことを考えると気分が沈み込んでいたのです。
そんな時、取引先の専務が訪ねてきて、『乳酸菌生産物質』を飲むよう言われました。
私はカメラマンをしていて、そこの商品の撮影を時々していたのですが、いつも専務は撮影に立ち会ってくれていたのです。
そして、次の撮影にも私を使おうと連絡したところ、入院と手術、さらには抗ガン剤の投与を知り、お見舞いに来てくれたのです。
専務からの強い勧めもあって『乳酸菌生産物質』を飲むようになり、2回目の抗ガン剤投与が始まりました。
それが、前回とは違って全然副作用が起こりません。抗ガン剤は回を重ねるにつれて副作用が強くなると聞いていましたので、覚悟はしていたのですが、ほとんど吐き気や頭痛が起きず平気なのです。
そして5日間の連続投与が終わった時にもケロッとしていました。―回目はとても食欲がなく、投与後の2~3日は何も喉を通らなかったことを考えると嘘のようでした。
そこで、家内に焼きそげと寿司を買ってきて貰ったのですが、医師も看護婦も目を丸くして驚いているのです。普通ではありえないことでしょうから。
3回目の投与が近づいてきて、直前の検査を行いました。
すると、5センチあった腫瘍が縮んでしまって2センチくらいになっているというのです。
これなら手術は可能ということで、摘出手術を受けたのですが、抗ガン剤の投与は2回だけで終わってしまったのです。
その後も薬は経口薬も一切処方されず、『乳酸菌生産物質』を飲んだだけでした。
退院後は1年に春と秋の2回、病院で検査を受けるようになりましたが、再発や転移はないようで、レントゲンやCT、血液も全て正常です。
それに去年からは検査も年に1回でいいでしょうということになり、私としては完全に回復したと感じています。
私にしても不思議な体験をしたわけですが、医師や看護婦さんはもっと驚いたことでしょう。
先の専務にこのことを話すと自分のことのように喜んでくれたのです。
その後は後遺症も出ず、職場に復帰することができました。
まさか自分がガンに罹って、こんなことで改善してしまうとは想像もできなかったのですが、紛れもなくこれは事実です。本当に『乳酸菌生産物質』の不思議な力には感謝しています。
参考資料 『乳酸菌生産物質で末期がんから生還!!』
監修 医学博士 河木成一 著 (ライブ出版)より
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▽悪性血液リンパ腫
● 悪性血液リンパ腫が半年位で回復
Y.S.(50歳代 女性) 群馬県
二年程前のある日、今まで、病気ひとつした事のない私が、風邪をひき、仕事を休ん
でしまいました。風邪は一週間程で治り、会社に再び出社。ところが、何気なく耳に手
を当てると、しこりがあるのに気付きました。
数日後には、みかん程の大きさになりましたが、あまり痛みはありませんでした。た
だ、心配だったので耳鼻科で診察を受けることにしました。先生が、注射器でしこりを
採取しようとしましたが、固くて針が入りません。薬を飲んでも結局ダメでした。
総合病院に入院し、毎日検査を受けました。ところが入院中に、しこりが段々赤くな
り、痛みだしました。夜になると、特に痛みがひどい状態で、まるで目を締めつけられ
るようでした。
眠れない日々を過ごしていたある日、姉が乳酸菌生産物質を持ってきてくれました。
早速、スティック15本ずつ飲み始めました。すると、不思議な事にそれまでの痛みが
改善し、楽になりました。
しかし、病名は分らないままでした。その後がんセンターに移り、検査の結果、悪性
血液リンパ腫と診断されました。ショックを受けましたが、ちょうど乳酸菌生産物質
研究会で相談させて頂く機会があり、乳酸菌生産物質を20本飲むことにしました。
すると、抗がん剤の治療が始まってからも、発熱や食欲不振、おう吐感などもありま
せんでした。これは本当に乳酸菌生産物質のおかげだと思いました。
ただ、三回目の抗がん剤が済んだ頃から、髪の毛が抜けてきたのです。泣きたくなる
程のショックでした。私がスカーフを披っても落ちてしまうのを見て、ありがたいこと
に同部屋の方が特製の帽子を作って下さいました。入院中はずっとその帽子をかぶって
過ごしました。
幸いにも、血液検査の結果が良好で、外泊も許可され、思った以上に早く退院できま
した。現在は三ヶ月おきに検査に行っていますが、がんの疑いはないと診断されていま
す。
私が病気になる前と同じように元気になれたのも、姉と乳酸菌生産物質のおかげだと
感謝しております。今は、予防のために毎日4~5本飲み続けています。本当にありが
とうございます。
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▽ポリープ
●大腸にポリープが5個見つかり・・・
宮城県 Y.Y.様 (女性)
必ず毎年11月に健康管理のために人間ドックに入っておりますが、大腸にポリープが5個前後見つかり切除しました。
知り合いから紹介せれて、乳酸菌生産物質を1日10本毎日飲むようになってから、3ヶ月後に人間ドックに入って再検査すると、驚くことに新しいポリープが一つも見つからず、胃潰瘍
の痕跡もきれいになっていました。
毎年診察していただいているお医者さんからは、不思議がられました。
乳酸菌生産物質の力を実感し、これからも飲み続けて、胃腸の健康管理、体調管理をしていきたいと思っております。
主人も「おれも、生活習慣病防止でお前と一緒に飲もう」と、二人で仲良く愛飲しております。
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大分県 N.A.様(女性)
私は、もともと胃腸が弱く、悩んでいました。最近になり、胃に不快感が覚え、病院に行き検査したところ、胃にポリープが見つかりました。
悪性ではないと言うことなので、すぐに切除しなくても良く、早速、免疫増強作用が強く、胃腸にもやさしいと聞いていた乳酸菌生産物質を試してみることにしました。
1日9本を3ヶ月飲み続け、再検査では、ポリープが縮小していました。これには、お医者さんもびっくりしていました。
さらに、胃腸の動きが鈍いせいか、長年慢性便秘でも悩んでいたのですが、ポリープの改善に加えて、慢性便秘も改善され、自然な便通が訪れるようになりました。
これからも乳酸菌生産物質で健康管理をして、素敵な毎日が過ごせるようにしていきたいと思います。
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▽「病は気から」がガンに克つ最大要素
●全てにおいて「病は気から」がガンに打ち克つ最大の要素に
ここに不思議な実験デー夕があります。アメリカのジャーナリストでノーマン・カズンズ
という人がいました。彼はUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の精神科教授
であるフォージー教授と協力して、メラノーマ(悪性黒色腫)の手術後の人を二つのグ
ループに分けて、ある実験を行ったのです。
まず、一つ目のグループでは今までと同じ普通の治療、もう一つのグループにはそれ
に加えて心理療法を週1同行うというもので、心理療法では生き甲斐指導やリラクゼー
ション学習など、要するにポジティブに物事を考えるよう指導したわけです。
その結果、心理療法を加えたグループは、心理療法をしないグルーフよりNK細胞の
活性が高くなっていることが明らかになりました。
(注 NK細胞とは、がん細胞を殺すキラーリンパ球の1種で、誰でも体内に自然に
備わっている細胞です。健常人ならば、血中のリンパ球群のうち15%前後を占めております。
血中のNK数が低下すると、がんにかかりやすいことがわかっております。)
そして6年後の再発率が、しないグループの2分の1になり、6年後の死亡率も3分の1
になったというのです。
まさに驚くべき効果ですが、日本でも昔から「病は気から」というように、心理状態が
疾病の治療に大きく影響することは知られていました。
同じものを飲んだとしても心の持ちようで、効果が大きく異なることを物語っていると
言えるでしょう。
ともかく、近年になって免疫療法によるガン治療は始まったばかりで、30年前までは
免疫療法でガンは治らないというのが医学界の常識だったのです。
外科、放射線、抗がん剤の3大療法が行き詰まりを見せている現在、私たちはどのように
してガンを克服するかを自分白身の意志で選択しなければならない時代を迎えたのでは
ないでしょうか。
そして、日本国内で『乳酸菌生産物質』がどのような効果を上げているのか、
特にガン治療の最前線でどのような臨床例があるのかを体験談をもとに紹介してみることに
しましょう。
参考資料 『乳酸菌生産物質で末期がんから生還!!』
監修 医学博士 河木成一 著 (ライブ出版)より

