以前、乳がんで「あとニヶ月」と宣告された女性がうちの病院に紹介
でやってきました。
腫瘍はソフトボールぐらいの大きさになっており、肺にも転移し、ど
この病院でも手の施しようのない状態でした。
通院で気功と漢方薬と食事療法を開始しましたが、1ヶ月もつかどう
かという感じでした。
しかし、まもなく本人の希望で食事療法と漢方は中止。「あとわずか
な命なのに、玄米ばかりの食事ではつまらないし、漢方薬は苦いからイ
ヤ」というのです。そこまでいうならと、私も無理強いはせず、本人の
意向を尊重しました。
その後、急変することもなく一年が経過しました。1度肺気腫で危
篤状態に陥りましたが、なんとか持ち直しました。
ところが持ち直しか後、彼女は驚くことに「ふるさとの伊豆大島に帰
りたい」といい出したのです。
すでに体力も限界に達しており、車と船を乗り継いでの旅など、とても
無理だと思いましたが、本人も夫も強く懇願するので、いざというと
きには最寄りの病院に飛び込めるように処方薬と手紙を書いて待たせ、
看護師を同行させて故郷に帰しました。
途中で亡くなってもおかしくない状態だったので、無事に帰りつ
と聞いたときは奇跡だと思ったほどです。
それから三ヵ月後、伊豆大島から電話があると取り次がれたときは、
正直いって亡くなった知らせだと思ってしまいました。
ところが電話してきたのは彼女本人。「毎日採りたてのあわびや魚を
おいしく食べています。ここはいいところだから先生もいらっしゃいよ」
などと元気な様子で話すのです。
大島に移住してから1年。彼女はふるさとの地で元気ですごし、静か
な最期を迎えたそうです。これも立派な「達者でポックリ」だと思いま
す。
当初の「余命ニヶ月」から考えると信じられないことです。
やはり「ふるさと」という場のエネルギーが、彼女の生命場を高めた
のだとしかいいようがありません。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
参考資料「達者でポックリ。」
帯津三敬病院院長 帯津三敬著 東洋経済新報社
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

