埼玉県志木市安達さん(仮名)
僕の親友の死に至るまでの記録をまとめてみました。『乳酸菌生産物質』だけを飲んでいれば肋かっていたであろう命が、必要のない骨髄移植を行おうとした医師のために、彼女は殺されてしまったのです。告発の意味も込めて、発病から死に至るまでの経緯をそのままつづりたいと思います。
始まりは1ヶ月ほどの微熱と全身の倦怠感、そして体重の減少でした。解熱のために座薬を毎晩使ってみたものの、熱は一向に下がらなかったのです。そんなある日、友人は自転車で通勤途中に具合が悪くなり、自力で救急車を呼んだのでした。
運ばれた埼玉K病院で血液検査を受けた結果、白血病と分かったのです。そしてその日の夕方にはがんセンターヘと搬送されてしまいました。
その際、専門医から慢性骨髄性白血病であると告知されたのです。駆けつけたご家族や僕も白血病と聞いて、即座に「死」を連想してしまい、絶望的な気持ちになりました。
医師によると遺伝子の何番目かが突然変異したということで、白血病について学ぶよう勧められたのです。そこで白血病に関する本を買い漁り、読み進んでいくうちに「治るかも知れない」と希望が少しずつですが湧いてきました。それにつれて僕もようやく食事が喉を通るようになったのです。
やがて彼女へ経口タイプの抗ガン剤が投与されるようになり、彼女は毎日投与された薬の名前と白血球救を記録していました。そして、病原菌に感染しないよう、―日に何度もうがいをしていたのです。彼女は「元の元気な体に戻れるなら、どんなことでもする」と訴えていました。彼女も必死だったのです。
そんな時、共通の友人から『乳酸菌生産物質』を紹介され、抗ガン効果があるということを知り飲用を始めることにしました。本当にワラにもすがるつもりで飲み続け、医師には秘密にして抗ガン剤だけでなく、『乳酸菌生産物質』も飲み続けたのです。あやうく看護婦さんにバレそうになったことも何度かありましたが、なんとかごまかすことができました。
『乳酸菌生産物質』を飲み出して1週間、何と白血球が正常植に戻っていることが検査の結果で分かったのです!「これは白血病ではないかも知れない」と、担当医が驚き、回診に大勢のドクターが押し掛けたほどでした。
そして、『乳酸菌生産物質』を飲み始めてから1ヶ月で退院できたのです! 彼女は「信じられない! すごくうれしい!」を連発し、ご家族や僕もうれしくて涙ぐんだものです。
仕事に戻ることもでき、同僚たちは気遣ってくれましたが、お見舞いにきてくれた人に快気祝を贈ることもできました。
その後、白血病患者の会の存在を知り、彼女は早速入会しました。会の集まりにも出かけ、友達もできました。そして会の人だちと旅行に出かけることもできるようになったのです。「同じ病気の人がこんなにいるなんて思わなかった」と言い、お互いが理解し合っているようでした。
ところが、担当医から骨髄移植の提案があり、家族の説得もあって彼女は骨髄移植をすることを渋々了承したのです。その頃は、すっかり元気になっていて、知らされなければ、とても彼女が白血病だとは分からないほど回復していました。僕の目から見ても『乳酸菌生産物質』のお陰で白血病が治ったものと思っていたほどです。
骨髄移植を選択したということで、また関連の書籍を読み漁ったところ、これで完治できるかも知れないと希望が見えてきましたが、同時に骨髄移植のリスクも知りました。
結局、ドナー待ちをして3度目にチャンスが訪れたのです。
骨髄移植をするには放射線の照射が必要ということで、彼女への集中的な施療が始まりました。放射線を全身に照射すると、すぐに髪の毛が抜け始め、嘔吐やめまい、頭痛などの激しい副作用が全身を襲ったのです。
体中の皮膚が赤くただれてしまい、重度の火傷そのものでした。彼女は「体中が痛い」と泣き叫びましたが、これも健康を取り戻すためだと思い、必死になって耐えたのです。
やがて、唇が火ぶくれのようになり、うまくしゃべれなくなりました。食べ物も喉を通らなくなり、命をつなぎ止めるのは点滴が頼りになったのです。さらには目が見えなくなり、目を開くこともできなくなりました。
放射線照射が始まってから3目後の5月26日、彼女は26歳の若さでこの世を去ったのです。結局、骨髄移植はしませんでした。
もし骨髄移植を選択していなかったら、もしドナーが現れなかったら、もし『乳酸菌生産物質』だけにしていたらと、後悔しても遅く、彼女は帰らぬ人となってしまいました。
その後、『乳酸菌生産物質』の発売元に連絡をしましたが、担当者は「残念です。もっと早く『乳酸菌生産物質』を飲んでいたら結果は違っていたでしょうに」と言ってくれたのです。
彼女のことは一生忘れません。そして、白血病に対して現代医学が無力であることも。
今でも退院した時の彼女の明るい笑顔が頭に焼き付いています。本当に『乳酸菌生産物質』だけを飲んでいたら、こんなことにはならなかったのにと、悔やまれて仕方がありません。
悲しい報告となりましたが、皆さんの何かの参考となればと思い、経過をつづってみました。
参考資料 『乳酸菌生産物質で末期がんから生還!!』
監修 医学博士 河木成一 著 (ライブ出版)より
【乳酸菌生産物質Q&A】をご覧下さい
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http://nyusankin.net/faq2.html

